御幸(みゆき)ちゃんについて
由来
国道1号で都内に向かうと、多摩川大橋手前に「御幸公園」という野球場が併設された公園があります。かつてこの地は多摩川の氾濫によって大洪水にみまわれていたそうです。そして、その度に農作物に被害が出ていました。そこで、多少の浸水があっても収穫が可能な梅が注目され、 当時の人々は、積極的に梅の栽培に取り組んだそうです。また、当地の梅で作った梅干しは 200年にわたって江戸庶民の食膳にのぼり、小向村の収入源になったそうです。明治時代になると、多摩川の大洪水で梅林の3分の2以上が失われてしまい、また、梅の木も老朽化したため収穫が激減したそうです。しかし、明治16年、随筆家の成島柳北という人が「朝野新聞」に「小向観梅の記」という一文を載せたことから、この地が一躍梅の名所として知れ渡り、明治17年3月、明治天皇が観梅のため行幸されました。この時の行幸を記念して、明治22年に行われた町村合併の際に周辺一体が「御幸村」と名付けられ、現在の幸区の由来となっています。幸区の由来となった「御幸村」から幸警察署キャラクターの名前を御幸(みゆき)ちゃんとしました。
キャラクターの説明
平成24年(2012年)に幸区誕生40周年を迎えたことを記念して「区の花」として制定されたヤマブキにちなんで、着物の色は黄色としました。
御幸ちゃんとは | 署訓である「忠恕」の心を持って幸区民の安心・安全を護る幸警察署員の代表にふさわしくかつて庶民の立場から街の安心・安全を護っていた「岡っ引き」をイメージしています。 |
梅花の髪飾り | 上記由来に基づいています。 |
法被 | 幸=(イコール)ハッピー(HAPPY)であるから、法被を着ています。また、髪飾りが白梅なので法被の色は紅梅に近い色としました。 |
黄色い着物 | 平成24年(2012年)に幸区誕生40周年を迎えたことを記念して「区の花」として制定されたヤマブキにちなんで、着物の色は黄色としました。 |