転ばぬ先のアプリ 主任の教え  朝、スマホの大音量で目が覚めた。  また今日も電車に乗って、職場に行くのはかったるいな。  そう思いながら歯を磨いて、身だしなみを整え自宅を出た。  去年の春、横浜市内の食品会社に採用されてようやく仕事にも慣れてきた。  出勤するとすぐにメールのチェックをして、お客様からのクレームやトラブルはなかったか確認した後に、新商品のプレゼンをするための資料作り。  そんな日々のルーティンをこなしているとアッという間にお昼になってしまう。  ランチタイムは、サラリーマンの楽しみの一つだ。  そもそも僕は食べることが好きだから食品会社に入社したと言っても過言ではない。  今日のランチは何にするかな…と考えていると、 「おーい、飯行くべ!」  事務所内に声が響き渡る。  声の主は十二歳年上の主任だ。  主任はとにかく「豪快」、「大胆」、「大雑把」などの言葉が似合う先輩だ。  僕が入社してからずっと面倒を見てもらっている。  主任は普段大雑把なのに、お客様へのフォローはマメなので営業成績はずば抜けている。  僕はどちらかと言えば神経質なタイプで、些細な事ですぐに不安になってしまうような性格だから主任とは真逆と言える。  だから、主任のやり方はいつも参考になるし、頼りがいもあるので、日ごろから主任と一緒に行動させてもらっている。  今日も二人で会社近くにある人気の定食屋に入り、から揚げ定食を頼んだ。  この店はボリュームもたっぷりあるし、何より美味い。  いつものように舌鼓を打ちながら食べていると、テレビの音が耳に入ってきた。 「昨日、横浜居住の男性が特殊詐欺被害に遭い、三千万円を騙し取られました…」  僕は、食べながら主任に 「何で、こんな特殊詐欺なんかに騙されて大事なお金を渡しちゃうんですかね?ありえないですよ、本当に。」 と話すと、 「そうだよな。でも、いざ自分の身に降りかかってくるとパニックになるんじゃねぇのかな?そういや、お前…」  僕の携帯から音楽が流れだした。 「あ、すいません、会社からです。ちょっと出ます。」 と主任に話し、電話に出るといつもお世話になっている会社から至急のトラブル案件だった。 「すいません、主任!うちに発注してもらっていた商品とは別の商品を総務部が間違って送ってしまい、パーティを始めることができないとお怒りの電話が会社に入ったそうです!」 と主任に伝えたところ、 「お、そりゃマズいな。よし、じゃあ飯をパッと食って、急いで商品を持って謝りに行くぞ!」と言いながら、から揚げをがっつき始めたので、僕も慌てて定食を食べだした。  その後は、慌ただしく動き始め、まさに息をつく暇もないくらいの怒涛の対応だった。ようやく落ち着きをみせたのは定時を一時間以上過ぎたくらいだった。 「ようやく、落ち着いたな。じゃあ、そろそろあがろうか。」 と主任から声をかけてもらったので、 「そうですね、今日は疲れましたよ。じゃあ、お言葉に甘えてお先に失礼します。」 「おう!お疲れ!」  主任に挨拶をすませると、僕は事務所を後にした。    自宅に戻って、缶ビールを飲みながら一日の疲れを癒していると、携帯から音楽が流れだした。  画面を確認すると僕の携帯には登録されていない見知らぬ番号だった。 「誰だろう?知らない番号だな…でも、今日のトラブルの関係だったらマズいしな。」 と不審には思いつつも電話に出ると男性の声で 「神奈川県警の捜査二課の者です。」 と名乗ってきた。  僕がいきなり出てきた思いもよらない自己紹介に、 「えっ、警察?なんですか?」 とうろたえていると男は 「実は特殊詐欺の犯人グループを検挙したところ、あなたの名義のキャッシュカードが出てきました。お心当たりはありますか?」 と話してきた。 「そんなこと知りませんよ!僕には関係ありません!何かの間違いじゃないですか?」 と男に必死に伝えた。  男は淡々とした声で 「そうですか、あなたの意見はわかりました。ただ、警察としてはその言葉だけを鵜呑みにして信じる訳にはいきません。」 「この件は犯罪収益移転防止法、いわゆるマネーロンダリングとして、現在捜査中ですので。」 「あなたがそうおっしゃられるのなら、一旦こちらで確認をしますが、この件について絶対に口外はしないでください。また、不必要にネット等を使って確認もしないでください。」 「もし、私の言ったことを聞かなかったことが後々判明すれば、あなたが犯罪行為をもみ消そうとしている、証拠隠滅を行っていることの証明にもなり得るということをご理解ください。それでは、また明日にご連絡させてもらいます。」  一方的に僕にそう告げると、電話を切った。 「一体、どういう事になっているんだ?僕は何もしてないのに…」 「まさか、誰かが僕のカードのデータをスキミングでもして悪用している?それとも不正に口座を作られた?」  様々な思いが頭の中をぐるぐると回り始めた。  一体、どうすればいいのか…    翌日、僕は全然眠ることもできず、不安の中、出勤した。  このまま僕は捕まってしまうのだろうか…  家族に連絡がいったりするのだろうか…  仕事にも身が入らない。  メールの出し忘れや、かかってきた電話の相手先を聞き漏らしてしまうなどイージーミスを連発してしまった。    昼になるといつものように 「おい!飯行くぞ!」 と主任から声がかかったが、正直、食欲は全然なかった。 「主任、今日は僕やめておきますよ…」  そう話したのだが、主任は 「いいから行くぞ!」 と言うや僕の肩を軽く叩いてきた。    昨日も来た定食屋に着くなり、主任は 「一体どうした?お前らしくないミスが続いてるぞ?」  僕にそう聞いてきた。 (どうしよう、昨日の電話のことを話せば逮捕されてしまうのかな…) (主任に相談したい…) (どうしよう…相談してみようかな…)  色んな思いが僕の頭によぎっていると主任は僕の心を読んでいるかのように 「大丈夫だ。話してみろ。」 と話してきてくれた。 「実は昨日…警察から電話あって…。僕のキャッシュカードを詐欺グループが持っていたらしく、逮捕されるかもしれないと言 われてしまって…」 と話したところ、主任が 「ちょ、ちょっと待て!それ本当に警察なのか?詐欺じゃないか?」 と勢いよく僕に話してきた。 「お前、テレビとか見てねぇのか?警察を騙る詐欺が増えてるって話だぞ?」 「普段テレビは見ないので…詐欺が増えてるってことくらいは知っていますが、細かいことは全然知らないです…」  主任はポケットから携帯電話を取り出し、画面を僕に見せてきた。 「ここの2つのアプリを見てみろ。」  主任の携帯画面を見ると 詐欺対策 詐欺バスターLite と記載されているアプリだった。 「これが一体何なんですか?」  僕が尋ねると、主任は 「最近の詐欺の電話は国際電話番号がよく使われてるんだってよ。このアプリを入れておくと、勝手に国際電話番号を弾いてくれたり、詐欺の疑いがあると思われる電話番号は『要注意番号の可能性あり』と電話を取る前に表示してくれたりするんだ。」 と教えてくれた。 「お前にかかってきた番号を言ってみろ。」 と言われたので番号を伝えたところ、主任はその番号を入力し始めた。 「やっぱりその番号、詐欺だぞ。まぁ、もちろん詐欺の電話を100パーセント除外出来る訳じゃないけど、無料でダウンロード出来るし、警察が推奨しているアプリだからやらないよりやったほうがいい。」  主任はそう言うと僕に笑いかけた。  こんな、アプリがあることなんて僕はまったく知らなかった…  普段、自宅ではニュースなんか見ないし、スマホは好きな動画しか見ていない。  特殊詐欺の注意喚起を聞いたことがないとは言わない。  しかし、自分には関係ないと思っていた。  引っかかるのはお爺ちゃんやお婆ちゃんだけだと思っていた…  この間、被害に遭った人をバカにしていたことを思い出し、恥ずかしくなった。  知らなければ若くてもひっかかることもある。  自分が被害に遭う事はないなんてとんだ思い上がりだ。  主任は僕を見ながら、 「詐欺に引っかかって金を払う前でよかったな。」 といつものように笑いかけてくれたので、僕も思わず笑顔が出た。  そのままスマホで「警察」「詐欺アプリ」と検索した。