写真でみる神奈川県警察の歴史

更新日:

2023年07月25日

 

目次

神奈川県警察部庁舎(大正時代)



警察本部という名称のうつりかわり

今は「警察」という名称も、昔はいろいろな呼ばれ方をしていました。

特に「取締」は明治維新後の日本としては、はじめての近代警察でした。

名称のうつりかわり
年月 名称
明治4年10月 取締(ポリス)
明治4年11月 ら卒課
明治6年9月 警保課
明治9年1月 第四課
明治11年10月 警察本署
明治19年12月 警察本部
明治23年10月 警察部
明治38年5月 第四部
明治40年7月 警察部
昭和23年3月 国家地方警察と自治体警察にわかれる
昭和29年7月 警察本部


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ドンドコ廻り絵図(幕末期)

居留地(ドンドコ)廻り絵図(幕末期)

幕末の横浜にあった外国人居留地で、パトロールしている役人を描いた絵図です。

太鼓をドンドコたたいて見まわりをしたことから「ドンドコまわり」と呼ばれていました。




取締(ポリス)絵図(明治4年)

明治になって、初めて登場した近代警察、取締(ポリス)の絵図です。

山傘に提灯、日本刀という出で立ちに、POLICEというロゴが印象的です。

取締(ポリス)絵図

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三人のら卒課の警察官の写真(明治5年)

ら卒課当時の警察官(明治5年)

取締に代わって設置された、ら卒課の警察官です。

この頃の制服は、常装(通常の勤務制服)と礼装(式典用制服)が一緒だったので、比較的に華やいだものでした。




警察本署(明治7年)

明治7年6月1日にできた警察本署です。当時は羅卒本営と呼ばれていました。

総工費約3万円(現在の約3億円)で、約14ヶ月の工事で完成したと記録されています。

この日を神奈川県警察の創立日としています。

警察本署(明治7年)

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伊勢佐木町警察署(大正8年)

伊勢佐木警察署(大正8年)

大正時代に撮影された伊勢佐木町警察署(現在の伊勢佐木警察署)です。

当時としてはめずらしい鉄製の橋(吉田橋)近くにあったことから、「かねの橋のおおたむろ」と言われていました。




赤バイ(昭和初期)

現在の白バイの前身にあたる、赤バイです。

当時、警察のオートバイは赤色(あずき色)に塗装されていたので、「赤バイ」と呼ばれていました。

主な任務は、スピード違反の取締りでした。

赤バイ(昭和初期)

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交通事故(昭和初期)

交通事故(昭和初期)

昭和初期に起きた交通事故の写真です。

この頃から次第に交通量も増え、事故もたびたび起こるようになりました。




婦人警察官登場(昭和21年)

戦後、はじめての試みとして、婦人警察官が採用されました。

写真は幹部査閲を受けているときの様子です。

婦人警察官登場(昭和21年)

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パトカー1号(昭和25年)

パトカー1号(昭和25年)

昭和25年パトカー第1号として生まれた試作車です。当時マンローカーと呼ばれました。(日産ダットサン)



主に要人警護用として使われていた自動車ですが、昭和25年に警ら(パトロール)専用として、はじめて配備されました。


パトカー1号(昭和25年)

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戦後初の交通信号機(昭和中期)

戦後初の交通信号機(昭和中期)

戦後はじめて設置された交通信号機です。

写真は、小学生が見学に訪れた時のものです。




ヘリコプター1号機 かもめ号(昭和中期)

神奈川県警察のヘリコプター第1号機、「かもめ号」です。

写真は海難救助訓練の様子です。

ヘリコプター1号機 かもめ号(昭和中期)

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通信指令室(昭和47年)

通信指令室(昭和47年)

昭和47年頃の通信指令室です。

1分1秒をあらそう110番業務のために、当時としては最新設備が導入されていました。




交通管制センター(昭和47年)

昭和47年頃の交通管制センターです。

コンピューターによる交通信号機の制御をはじめ、道路交通情報発信の拠点として、最新設備が導入されました。

交通管制センター(昭和47年)



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情報発信元

神奈川県警察本部 総務部広報県民課

電話:045-211-1212(代表)