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浦賀警察署の沿革

浦賀署管内の歴史

浦賀署管内の主な祭り

浦賀署管内の名所・旧跡


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浦賀警察署の沿革

明治11年2月 現在地に横須賀警察署浦賀分署として発足する。
大正15年7月 浦賀警察署として独立する。
昭和23年3月 警察法改正により、自治体警察「横須賀市浦賀警察署」となる。
昭和29年7月 警察法改正により「神奈川県浦賀警察署」となる。
昭和35年3月 現在の建物が完成する。
昭和56年3月 庁舎が増築される。
平成10年12月 駐車場が拡充される。


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浦賀署管内の歴史

 三浦半島横須賀市の南部に位置し、走水神社をはじめとする由緒ある神社仏閣や史跡などを有しながら、半農半漁の一寒村に過ぎなかった浦賀が、日本の歴史上一躍クローズアップされたのは、享保5年(1790年)のことです。
 この年幕府は、下田から浦賀に奉行所を移し、約150年に亘り江戸湾に出入りする船の検査を行うと共に、海の防衛に当たらせました。
次いで嘉永6年(1853年)6月にアメリカ合衆国ペリー提督が、軍艦4隻を率いて浦賀沖に姿を現したことにより、近代日本の幕開けとなりました。
浦賀と大震災
 三浦半島地域には、三つの断層帯が並行する「三浦半島北断層群」が存在し、これらが相互に作用して地震が発生したとき、予測では最低「震度6」の揺れになると聞いております。
 三浦半島北断層群の詳細は、神奈川県、横須賀市のホームページに掲載されています。
 9月1日は関東大震災が発生した日で、政府が「防災の日」と定めました。
 大正12年9月1日に発生した関東大震災について調べてみますと、浦賀警察署は、当時はまだ独立した警察ではなく、横須賀警察署浦賀分署でした。
 浦賀警察署管内は、当時、三つの町・村が存在し、その被害状況は、
地域(町、村) 全潰・全流失・全埋没 半潰
浦賀町 1,169戸 1,144戸
久里濱村 152戸 238戸
北下浦村 167戸 147戸
と記述されています。                   (昭和2年発行、神奈川県震災誌より)
 85年前の三浦郡の被害の中から浦賀警察署管内の被害のみを抜粋したものですが、当時三浦郡(浦賀警察署・葉山警察署・三崎警察署管内)は2万世帯少々しかなく、三浦郡の被害は1万所帯少々であり、半数が被害を受けております。
 平成23年3月11日午後2時46分に発生した東北地方太平洋沖地震では、浦賀地区は震度5の揺れで、電力は約11時間に渡って停電、福島原発施設被災による計画停電により横須賀三浦地区の信号機が数時間の滅灯、京浜急行線やJR横須賀線が数日間、時間運休となりました。
 「備えあれば憂いなし」ということわざもあり、皆様方にあっては家族や財産を守るため、非常用持ち出しの防災用具の点検・整備、更に日頃の防災意識の高揚と災害発生時の家族間の連絡方法・待ち合わせ場所の取り決めなど、万全な対策をよろしくお願いします。
  


管内の主な祭り開催予定浦賀の祭り案内

祭り 開催日程
咸臨丸フェスティバル 5月中旬
久里浜ペリー祭花火大会 7月中旬
浦賀みなと祭花火大会 8月中旬
叶神社大祭 9月下旬
観音崎フェスタ 11月上旬
久里浜クリスタルフェスタ 12月23日
詳しくは横須賀市観光協会ホームページへ 観光協会ホームページ
神輿、山車に表示されている名前
写真: 
 祭りに欠かせない神輿・山車に表示されている名前ですが、現在は新しい町名の表示が多くなってきましたが、中には江戸時代からあった町の名前が今でも使われているところがあります。
 浦賀には江戸時代、鴨居、吉井のほか東浦賀の新井・州崎・新町・大ケ谷、西浦賀の浜町・蛇畑・紺屋町・田中・宮下・谷戸の町がありました。
 更にペリー来航後、歴史の表舞台となった浦賀の地に大勢の人が集まるようになり、当時の奉行所が「地名がなく分かりずらい」ことから町名をつけさせ、新しく、西浦賀に川間・高坂・築地・洞井戸(ぼらいど)・柳町、鴨居に上の台・北方・腰越・三軒谷・東・宮原・脇方の町名が増え、当時の町名が現在も神輿や山車に表示されています。   
           (著書「ヨコスカ開国物語」「三浦半島歴史散策」から)


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浦賀名所、旧跡案内管内の名所・旧跡

名所、旧跡
観音埼灯台
走水神社
燈明堂
浦賀の渡し
久里浜花の国
ペリー公園
牧水歌碑
詳しくは横須賀市観光協会
ホームページへ
観光協会ホームページ

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観音埼灯台観音崎 日本で初めての洋式灯台「観音埼灯台」は今日も沖行く船に、安全の火を灯し続けます。
日本武尊と弟橘媛命の伝説の残る神社(祭神は日本武尊と牛頭天王)。神社の額は高村光雲の作です。 走水神社走水神社
燈明堂燈明堂 慶安元年(1648年)幕府の命により作られた日本式灯台。明治5年(1872年)まで使用されました。
東西浦賀町を結ぶ渡し舟です。 浦賀の渡し浦賀の渡し
ペリー公園ペリー公園写真 嘉永6年(1853年)ペリー提督率いる黒船の来航を記念する「ペリー公園」
漂白詩人牧水がこの地に滞在した際に読んだ歌が刻まれた歌碑。 牧水歌碑牧水歌碑

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