薬物乱用者とその家族の手記
今、私の願いは・・・・・


編集・発行 警察庁薬物銃器対策課  「平成28年度版 薬物乱用のない社会を」から



編集・発行 警察庁薬物銃器対策課  「平成27年度版 薬物乱用のない社会を」から



警察庁発行・けいさつのまどNo.118特集号から


一度はまると抜け出せない破滅への道

私が覚醒剤、いわゆるシャブに出会ったのは、22歳の時でした。

当時の職場の同僚から「シャブやってみるか」と軽く勧められたのがきっかけでした。

私は少年のころにシンナーを吸っていたこともあり、違法薬物に抵抗がなく、「一度だけなら大丈夫だろう」と軽い気持ちで誘いに乗りました。同僚からシャブを注射してもらったところ、何とも表現し難い良さがあり、「一度だけ」という甘い考えは吹き飛んでしまいました。

以後、私はシャブの虜になってしまい、一週間に一回くらいのペースでシャブを使用するようになりました。自分でも「このままではダメになってしまう」と思い、シャブを止めようと考えていたときもあるのですが、頭では分かっていても、何度もシャブに手を出してしまい、止めることはできませんでした。

好きなだけシャブを使用していると、次第に効き目も薄れて回数も増えるので、すぐにシャブを買う金が尽きてしまいました。金が尽きてもシャブを止めることができず、タダでシャブを分けてもらう代償としてシャブの密売人の手先として注文を取ったり、運び役を手伝う羽目になってしまいました。

こうしてシャブを使うことができなくなる心配はなくなったものの、今度は「もっと恐ろしいことに手を出してしまっているんじゃないか」と、ひどく心配になりました。シャブを使う側から売る側になったことで、罪の重さが格段に上がっていることに気づいていたからです。

罪の重さを考え出すと、恐ろしくてたまらなくなり、気を紛らわすために、またシャブを使用するという悪循環に陥り、もう自分ではどうすることもできない状態になっていました。

しかしこのような生活も、突然終わりを告げる日がやってきました。

遂に警察に逮捕されてしまったのです。

シャブ漬けの生活がいつまでも続くわけがないと頭では分かっていても、こんな生活を続けていたわけですが、逮捕された当日の朝、仕事に行こうと家の玄関を出たところで警察官に声をかけられたときには、恐怖のあまり一言も声を出すことができませんでした。今、思い出しても胸が締め付けられるような気持ちになります。

現在は留置場で強制的にシャブとは切り離された生活を送っていますが、そんな中でも、やはりシャブは恐ろしいものだと思い直すばかりです。

自分の意志だけでは絶対に止められないものであると断言できます。私自身、このような人生を送る羽目になるとは想像すらしていませんでした。

「一度だけ」では済まないのがシャブの恐ろしさなのです。

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「合法」「脱法」という言葉に隠された危険。

私「何か楽しいことないっすか」。A「こういう物あるけど。」という日常どこにでもある会話の中で、私は覚醒剤と出会ってしまったのです。

私は、日頃の生活や仕事がうまくいかず、覚醒剤に手を出してしまったのです。

俗に言う「打つ」「あぶる」「スニる(鼻から粉を吸い込む)」と呼ばれる使用法の中で、鼻の穴から覚醒剤を吸引する方法で使用したのです。

覚醒剤が鼻腔内に入ると激痛が走り、しばらくすると、体が軽くなり、嫌なことも全て忘れてしまったような感覚に陥ります。

しかし、時間が経つにつれて、経験したことのない疲労感におそわれると同時に、徐々に不安な気持ちになります。その気持ちを紛らわすために、「追い打ち」と呼ばれる覚醒剤の連続使用をするのです。

私は覚醒剤に依存するうちに、食欲不振、不眠状態となり、体調を崩すと共に、覚醒剤に対する耐性も付いて、一度に使用する覚醒剤の量がどんどん増えていったのです。

私は、覚醒剤に溺れていく自分に恐怖を覚えたのです。

幸い私は、自制が効かなくなる前の早い段階で、警察に逮捕されたことから、覚醒剤依存による禁断症状もありません。

ですが、私は、覚醒剤の何とも言えない気持ちよさを味わった以上、一生涯覚醒剤の誘惑と戦っていかなければならないことに代わりはありません。

自分一人で覚醒剤を使い誰にも迷惑をかけていないつもりでしたが、結果的に見れば、親、兄弟、友人、知人、職場の仲間など数え切れないほどの人たちに迷惑をかけていることに気づいたのです。

この過ちを二度と起こさないように、がんばっていきたいです。

次に脱法ハーブ、合法ドラッグと呼ばれるものについてですが、私は、学生時代にアダルトショップなどで気軽に購入できるものだと思っていました。

ある日、友人が、10グラム、三千円ほどの安価な値段で手に入れたハーブを巻き煙草のようにして、ハーブを巻いて吸っていたのです。その友人はしばらくすると、突然、白目をむき、大声で叫びだして、嘔吐し始めたのです。

私は、あまりのことにどうしてよいのか解らず、呆然と友人を見ているしかありませんでした。友人は、時間が経つにつれて、正常な状態に戻ったのです。私は友人に何がどうなったのか話を聞くと「本当に死ぬかと思った。」と合法ハーブなどと売っている薬物の恐ろしさを教えてくれました。

私から見てもあのようなことになる薬物が「合法」、「脱法」という言葉に隠れてだれでも気軽に買えるということは、ある意味、覚醒剤やマリファナ等の違法薬物より危険だと感じたのです。

早くこのような薬物を取り締まる法律を作るとともに、未成年者などにこのような実態を広め、手をださせないようにすべきだと強く思いました。

最後に、今まで話した内容は、私の実体験に基づいて書いたものですが、誰かの目にとまったとき、こういった薬物について考えてくれたらうれしく思います。

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逮捕され、大切な時間を得て思った。一瞬を一生を生きていく。

SNSで知り合った好みの人の言葉に流され知ってしまった悪魔の粉。

興味本位というよりは寂しさを埋めたかった。

後戻りがまだできたのに次に知り合い交際することとなった相手とまた悪魔の粉に魅入られ戻れない深い闇に堕ちてしまった。

仕事、クリーンな友人との付き合い、趣味を怠ることなく熟しながら毎日を過ごしていたが、交際の月日が流れるごとに相手を悪魔の粉を失いたくないという思いが強くなり、相手のペースに相手の思惑にコントロールされていた。

いつの日からか回数も使用量も増えていった。

当時はそれを疑問に感じることもなかった。

当たり前のこととしか思わなくなっている自分がいた。

仕事は手を抜かずにいたが、友人と距離が出来始め、趣味を熟すこともなくなり、交際相手と悪魔の粉が唯一の心の支えとなっていた。

鍛え上げた筋肉が見る見る落ちはじめ、交際相手から音信不通になると発狂しそうな苦悩に落ち、この世から消えてしまいたいという思いに駆られた。

それらを埋めるために悪魔の粉を手に入れたりもしたが、苦悩は消えることがなかった。

笑みもやがて消え、日々思うことは交際相手と悪魔の粉のことばかり。

不安な感情はどんどん高まるばかり。

何もかもが嫌になっていた。

貯金も底をつきはじめた。

歯の具合も悪化しはじめた。

身も心もなにもかもが「ガタガタ」と音をたてて崩壊しはじめた。

そこに「逮捕」という救出。

手錠が、取調べが、拘置所での時間が本来の自分を取り戻すための大切な時間であり、自分の弱さと向き合うつらくもあり、重要な時間であった。

一生忘れられない時間。

今、当時を思い返しながらペンを走らせている。

情けない自分自身を笑っている自分が居る。

だが、完全に断ち切れている訳ではない。

交際相手の顔がフラッシュバックする度に、未だ罰を受けていない相手がにくくてたまらない。

悪魔の粉を知る前の生活を取り戻したい。

戻りたいという後悔の念に駆られる時がある。

その時には逃げることなく、自分と向き合っている。

苦しくてつらい作業ではあるが、避けてはならない。

私に生涯つきまとう心の病と捉え、向き合っている。

新たな時の流れをようやく温かく感じられるようになってきた。

一度死にかけた命を救ってくれた刑事の皆様、一度は離れたにも関わらず優しく包んでくれる友人、人にも言えない哀れみを抱えながらも向き合ってくれる家族が居るから、私は負けはしない。

これからも闘い、一瞬を一生をいきていく。

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覚醒剤という名の「悪友」がもたらした代償

目の前が真っ暗になった。まさにそんな感じでした。仕事を終えて帰宅したところ、警察官に声を掛けられて逮捕状を見せられ、私は覚醒剤の譲り受け容疑で逮捕されたのです。

事実、覚醒剤を知人から譲り受けて、自分の身体に入れていました。警察官に逮捕されたときに私は「ああっ、捕まった。」と思うと同時に、家族や彼女、会社のことなどが頭の中によぎり、目の前が真っ暗になったのです。

私が覚醒剤に手を出したのは1年くらい前のことで、友人に覚醒剤を勧められて興味本位でやったのが発端でした。それ以来、その友人から覚醒剤を譲り受けては、家族や彼女に分からないように覚醒剤を続けていたのです。いつしか私は、覚醒剤と「悪友」という関係になっていたわけです。

覚醒剤から離れられなくなっていた私は、誰かに救いを求めるわけでもなく、覚醒剤という名の悪友との日々が続いていました。

私は、「いつか警察に逮捕されるだろう。」という思いはあったものの、覚醒剤をやめるきっかけがなかったのです。

そんな最中、私が外出先から帰宅したときに、警察が来て逮捕されました。

警察に逮捕されたときは「覚醒剤なんて知らない。」と突っぱねましたが、「これは覚醒剤から縁を切るための最初で最後のチャンスかもしれない。」と考え、勇気を持って警察に全てを話し、そしてもう二度と覚醒剤には手を出さないと誓ったのです。

私は3箇月ほど警察署の施設にいましたが、執行猶予の判決をもらって社会復帰しました。

私は家族や彼女に何と言って謝ればいいか、とても迷いながら自宅に帰ると、両親のきつい説教が待っていました。

しかしその説教は、私に対する家族愛なのだと思いながら聞いているうちに、自然と涙がボロボロと流れだし、いつしか両親ともども大声で泣いていました。

私がやった過ちを、家族は暖かく迎えてくれたことに、もう二度と家族を裏切ってはいけないという気持ちになりました。

そして、覚醒剤をやった大きな代償が待っていました。それは彼女からの一通の手紙だったのです。

親から彼女の手紙を手渡された私は、恐る恐る手紙を読むと、それは「別れの手紙」でした。

その手紙は、15枚にも及び、2人の思い出や楽しかったことなどがいろいろと書かれていて、また、手紙のところどころの字が彼女の流した涙で滲んでいました。彼女がどんな気持ちで、どんな想いでこの手紙を書いたのかが心にヒシヒシと伝わってきて、今度は自分の涙で手紙を濡らしていました。

覚醒剤がもたらした大きな代償は、大好きだった彼女との別れだったのです。

それからの私は、自分が犯した罪の償いと思いながら、仕事に復帰したことで仕事に精を出し、また、家の野良仕事も積極的にやるなどして、自分を変えました。当然、彼女のことを忘れるためでもありました。

私は、覚醒剤とはきっぱりと縁を切ったことで、悪友たちとも別れ、毎日を真面目に生きています。覚醒剤は、人生においていらないものです。

私は、覚醒剤をやっている人たちにはっきりと言います。いますぐやめなさい。大きな代償、不幸が来る前に。

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やせたい一心で覚醒剤を使って

薬が切れると体がだるくなり、いつしか覚醒剤をやめられない体になっていました

「やせたいな」「すぐにやせられる薬があるよ」。この会話が、その後あんなにも大変なことになろうとは、そのときはまったく予想もしていませんでした。

私は当時、人と接する仕事をしていましたが、お世辞にもスタイルがよいと言える体型ではありませんでした。そのため、私はダイエットに関するいろいろな本を読んだり、人からダイエットに効果があると言われたことはほとんど試してみました。しかし、どれも効果はなく、また、長続きもしないため、逆にリバウンドして前よりも太ってしまったこともありました。

そんな折、思わず自分の気持ちを話した職場の同僚が、覚醒剤を使っている人だったのです。「すぐにやせられる薬があるよ」・・・・・この一言が私の理性を狂わせてしまい、「えっ、本当、どこにあるの」と思わずわらをもつかむ思いで尋ねてみると、「私、持ってるよ、ちょっと高いけど」と言われたのです。

私は、それまでダイエットに関するいろいろなことにお金をかけてきていたので、高いことなど気にせず、また、そのやせる薬というのが覚醒剤であるということなども全く考えもせずに、その薬を同僚に頼んでしまったのです。

しかし、その薬を受け取るときになって、同僚からその薬が覚醒剤であることを聞かされました。

私は、覚醒剤が法律に違反し、また、体にも害を及ぼすものであることは分かっていたつもりでしたが、そのときは「やせたい」との思いが強く、「警察に見つからなければ大丈夫」と安易な気持ちで受け取り、使い方も教えてもらいました。

初めて覚醒剤を使ったときは、体の血がスーっと引いて、体が軽くなり、頭が冴えていくような錯覚に陥ったのです。そして、覚醒剤を始めて3日くらいでやせることはできましたが、一方で、体がだるくなると覚醒剤を使わずにはいられない体にもなっていました。

覚醒剤が切れかかると、自分ではどうしようもなく苛立ち、母や妹に八つ当たりをし、時には警察官に見られているような幻覚まで見えるようになっていました。

こんな自分に嫌気がさしてきたものの、自分ではどうすることもできず、覚醒剤を使い続けていたところ、警察に逮捕されてしまったのです。

逮捕後に留置場に面会に来てくれたやつれた母の顔を今でも忘れることができません。母が帰った後、「私はなんて馬鹿なことをしてしまったのだろう」と一人泣き崩れました。

私は、やせたいとの思いから「警察に見つからなければ大丈夫」などと安易に考え、覚醒剤に手を出してしまったわけですが、「もし今でも警察に逮捕されていなかったら、どうなっていたのだろう」と考えるとゾッとする思いです。

こんな私からの願いは、一日も早く、この世から覚醒剤や他の乱用者がいなくなることです。

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私の人生を狂わせた麻薬

女だから子供も産みたいのに・・・将来への不安は消えません

私は、テレビドラマなどで覚醒剤中毒の人が薬が切れて床をのたうち回っている場面を見たりして、覚醒剤とは本当に怖いものだと思っていたけど、まさか自分にとって身近なものであるとは考えたこともありませんでした。

今思えば、少しだけなら大丈夫という甘い考えが、私を闇へと陥れたのだと思います。

私が初めて覚醒剤をやったのは、つき合っていた彼の知り合いが覚醒剤を使用していて、私と彼と3人で遊んだときです。私が2人の前で大麻を吸っていて、頭がボーっとしているときに、気づいたら腕に覚醒剤を注射されていました。少し濁った液体が自分の体内に入っていくのを見て、「私の人生は終わった」と思いました。それまで覚醒剤にはかなりの恐怖心を持っていたからです。

でも、一度やってしまうと、恐怖心も薄れ、何もかもがどうでもよくなりました。そして、いつしか私も覚醒剤にはまっていったのです。

覚醒剤をうつと、食欲がなくなるから何も口にしないし。眠くなくなるから寝ないので、急に意識がなくなって倒れたため、顔にはヤクザのような傷跡が、半年たった今でも残っています。

薬のせいで、よく遊んでいた友達とも遊べなくなり、仕事もできなくなって、5年勤めた会社も辞めざるを得なくなりました。私も彼も仕事をしなくなり、お金がなく、100万円あった貯金はみるみる間になくなっていきました。

彼は私に対していい加減になり、暴力も振るうようになりました。傘やドライバーで顔を殴られたこともあります。私からお金を持っていっては覚醒剤を買ったり、ほかに女を作って遊び回ったり、知らないうちにほかの女とのデート代まで私が払っていたのです。

彼の覚醒剤による幻覚や幻聴、幻想、被害妄想がとても激しくなってきて、私のことを敵視するようになり、彼は何も信じられなくなり、また私も彼に信用させることの難しさに悩み、お互い神経がボロボロになり、覚醒剤を本当にやめたいと思いました。

でも、心がいらないと思っても、体が欲しがり、やめられないまま心ばかりがズタズタになり、この先どうなるのだろうという不安が私を追いかけていました。

結局、彼が耐えきれず警察に自首し、私も逮捕されたのでした。でも私は逮捕されてホッとしました。自分が犯した罪で罰を受けるのは当然のことです。

もし警察に捕まっていなくても、逮捕される以上の天罰が下っていたことと思います。今まで普通に仕事をしていて、両親とも平和に暮らしてきたのに、ほんの遊びのつもりで手を出した覚醒剤に、これだけ悩まされ、苦しめられ続けました。自分だけならともかく、両親までも苦しめてしまい、本当に悔やんでいます。

女だから子供も産みたいのに、健康な子供が生まれるかという不安もあります。自分一人の体ではない、自分自身への責任は今だけでなく未来にもあるのだと考えさせられました。

覚醒剤は、人間らしい生活や心までも奪う恐ろしい薬です。でも、体が覚えているので、見たらやりたくなると経験者は皆言います。覚醒剤の恐ろしさが分かった今でも、将来への不安は多く残っています。だから、一刻も早く、この世から覚醒剤という「麻薬」がなくなることを願うばかりです。

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家族崩壊の白い粉

ハサミを持って目をギラギラさせ、一人、天井や壁に向かっている夫を救いたい

覚醒剤・・・・・こんな恐ろしい薬がこの世の中に存在するなんて・・・・・。主人が覚醒剤を乱用するようになって、私たち家族はどんなに苦しく辛い思いをしたことでしょう。

2年ほど前の私たちは、ごく普通の家族であり、覚醒剤など他人事としてしかとらえていませんでした。しかし、現実には覚醒剤の魔の手はヒタヒタと忍び寄っていたのです。

主人の異常に気がついたのは、今から2年ほど前のことで、異常なほど神経質になり、たとえば「電話に盗聴器が隠されている」とか「天井にトンネルがあって抜け道がある」とか、頭がおかしくなったとしか思えないことを口走り、夜は眠れないのか一晩中、寝室でガタガタ物音をたてていました。

朝になって様子を見ると、雨戸は閉め切ったままで電灯は消え、窓にはガムテープで目張りがしてあり、部屋中に本、洋服が散乱して、足の踏み場もないような状態の中で、主人は鉄パイプをもって天井をにらみつけていました。

私が「どうして眠れないの」と聞くと、「天井に刑事がいる。盗聴器も仕掛けられている。おまえは警察の犬じゃないのか」などと精神錯乱状態で、私が止めるのも聞かず家を飛び出して行ってしまい帰って来ませんでした。こんな日が3日4日続いた後の3日間くらいは、ひたすら寝ていました。

主人はみるみるやせてしまい、頬はこけ、目は獣のようにギラギラ光り、別人のようになってしまいました。こんな主人の様子を見て、何の知識もない私にも「覚醒剤でもやっているのだろうか」と感じられ、同居している主人の両親とも相談し、知り合いの医師にうち明けたところ、「それは間違いなく覚醒剤をやっています。本人にやめる気があれば病院などで自力でもやめられますが、その気がなければ警察で逮捕してもらうしかありません」というような返事が返ってきました。

そして、主人が外出したすきをみて寝室を調べたところ、ゴミ箱に血のついたティッシュペーパーや注射針といっしょに、白い粉がついた小さなビニール袋を見つけたときにははっとしました。

この白い粉が主人を別人にしてしまう恐ろしい覚醒剤だと確信したのです。

主人を問いつめたところ「もうやめる」と答えてくれたので安心しましたが、それもつかの間、結局やめることはできず、幻覚症状はますますひどくなってしまいました。

こっそり寝室をのぞいてみると、真っ暗な部屋にロウソクを立て、その炎で浮かび上がった、部屋の隅で小さくなってハサミを持って目をギラギラさせ、天井や壁に向かって何かブツブツ言っている主人の姿は、この世のものとも思えない、地獄を見ているようでした。

そのうち、大声を出し、暴力をふるい、お金を脅し取るようになりました。また、家を担保にする証文を書いて、多額の借金をし、暴力団員と称する男が借金を取り立てにやって来るようになりました。

何回もやめるように話したのですが、主人は立ち直ることはできませんでした。家族の心は主人から離れ、子供たちの心身の成長にも影響しかねず、家もヤクザに取られそうな状態になってしまいました。

このままでは、白い粉のために家族は崩壊してしまう、そう思った私は、この地獄から救われる最後の選択肢として、警察署に相談に行き、その結果、主人は逮捕されました。裁判を受け、執行猶予付きの判決をもらって帰ってきた主人は、過去の2年間を取り戻すかのように一生懸命仕事をし、もとの主人に戻りました。

この先、不安はありますが、前向きに考えていこうと思います。

この薬は、家族みんなを死よりも悲しく辛い思いにさせることを身をもって体験しました。ですから、一日も早く覚醒剤のない社会が来るよう願っております。

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遅すぎた決意

「シャブはやっても人に迷惑をかけたことは一度もない」そのプライドも打ち砕かれました

「自分だけはシャブでボケることはない」私はいつもそう思っていました。

覚醒剤の味を知って20年、何度も逮捕され、懲役も経験している私です。

逮捕される度に、もう覚醒剤はやめようと一応は考え、少しは努力しみたのですが、いつの間にかその決意も揺らぎ、気がつくとまた塀の中。

しかし、そんな私でも「シャブはやっても人に迷惑をかけたことは一度もない。泥棒したこともないし、人を傷つけたこともない」と変なプライドを持っていたのでした。

そして、覚醒剤に手を出すことが悪いことだと十分分かっているのに、その決意が揺らぐとき、いつも自分をだますのに考えるのが、この「人に迷惑をかけない」ということでした。

今回は、久々に覚醒剤を1年以上やめて、日雇いの仕事ですが、まじめに汗を流して頑張ってみました。汗を流すのは気持ちよく、このまま覚醒剤のことを忘れることができたらどれほどいいだろうとおもいました。

ところが、やはり私は意志の弱い人間で、再び覚醒剤に手を出してしまったのです。これまでのいいかげんな生活のつけがまわって、多額の借金を抱え、借金取りから逃れるために薄暗い飯場で一人正月を過ごしたのですが、窓もない部屋で一日一日と暮らすうちに、気持ちが落ち込み、私はまた覚醒剤の助けを借りようと考えてしまったのです。

そしてわくわくしながら覚醒剤を買う私に、もう「覚醒剤は絶対にやめよう」という決意は全然残っていませんでした。

今、思い出してみて、そのとき私が考えていたことは「今回だけ」ということと「だれに迷惑をかけるわけでもない」ということでした。そして私は覚醒剤をうったのです。

ところが、今回はうった直後から、極道の借金取りが部屋に攻撃に来るように感じられ、階下の物音に仰天し、私は裸足のまま部屋を飛び出して、闇雲に走って逃げたのです。そして、真夜中に全然知らない他人の家へドアを破って逃げ込んだのです。とうとう私もシャブでボケて、人に迷惑をかけてしまいました。

私が今まで考えていた以上に覚醒剤は、恐ろしい薬です。今回、人を傷つけるようなことがなくて本当によかったと思います。

これまでも何回も言っていましたが、今度こそ覚醒剤をやめようと、遅すぎた決意をした私です。

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